旧日本軍性奴隷問題の解決を求める           全国同時企画・京都のブログ

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追悼 朴永心(パク・ヨンシム)さん

今月7日、朝鮮民主主義人民共和国に在住している性奴隷被害者の朴永心さん(85)が永眠された。
「戦争が終わって何十年たっても、私は、黄色い服を着た日本兵に追いかけられる夢を何度も見ました」。日本軍性奴隷にされた当時の記憶は、何年たっても朴永心さんを苦しめていた。日本軍性奴隷制を裁くために開催された女性国際戦犯法廷※に来日した朴さんは、宿舎にあった浴衣を目にしたとたん、慰安所で無理矢理着せられた着物を思い出し、激しいフラッシュバックに襲われ、食事もできなくなったそうだ。

証言をするたびに、過去のつらい記憶がまざまざと蘇る。襲いかかるフラッシュバックの恐怖と闘いながら、朴さんは2003年、自身が連行された南京と雲南の地に赴き、記憶を辿る旅へと出かける。そのときの様子を振り返り、朴さんはこう語っている。「まだ、当時の面影が残る地に立って、当時を思い出して苦しくなることが何度もありましたが、その旅は、記憶を取り戻す旅、本当のことを話していることを証明する旅でもあったのです。あのときはとてもつらかったけど、行ってよかったと思います。心の奥深くに押し込んでいた記憶に直面し、何かから解放されたような気持ちです」。
証言をすること、記憶を辿ることは、朴永心さんが自らの尊厳をその手に掴みとっていく闘いの軌跡であったように思う。自身の力で尊厳回復を実現していく被害女性に対し、彼女たちを貶めることによって自らの尊厳をも貶め続けている日本。「生きているうちに、心から悪いことをしたと謝って欲しい」という、彼女の願いは果たされなかった。
朴永心(パク・ヨンシム)さんの略歴■1921年12月15日、現在の平安南道南浦市で生まれた。1939年8月、17歳のときに「お金を稼げるいい仕事がある」という日本人巡査の言葉にだまされて南京市内の日本軍慰安所に連れて行かれる。その後、ビルマのラシオを経て中国雲南省の拉孟守備隊の駐屯地に連れて行かれた。拉孟守備隊の全滅後、中国軍に発見されたとき、妊娠後期の身重だった。昆明捕虜収容所に収容されたのち、朝鮮に帰国した。
※女性国際戦犯法廷:2000年12月に東京で開催され、昭和天皇裕仁をはじめ当時の責任者たちに有罪判決を下した。この法廷にはアジア各地から64名の被害女性たちが参加した。NHKは法廷の様子を取材し番組を制作したが、放送直前、安倍晋三議員らの指示により内容が大幅に改ざんされた。

参考文献:「女たちの戦争と平和資料館」編/西野瑠美子・金富子責任編集『証言 未来への記憶~アジア「慰安婦」証言集1 南・北・在日コリア編<上>』(明石書店・2006)

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