旧日本軍性奴隷問題の解決を求める           全国同時企画・京都のブログ

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[報告]全国同時企画2009~姜日出ハルモニと村山一兵さんをお招きして

おかげさまで大阪の証言集会(11月28日)は約400名の、京都の証言集会(11月29日)は約350名の方々にご参加いただきました。ありがとうございました。
証言集会当日、姜日出ハルモニの本当に緊張した様子が伝わってきました。「慰安所での体験は口で言えるようなことではありません」「みなさんには見えないが、心の中に血の涙が流れているんです」…思い出せば血の涙が流れるような記憶を呼び覚ます証言を、二日間にもわたってハルモニに強いている私達。それでもハルモニが日本にまで証言をしてくださるのは、日本政府が未だに誠実な謝罪を行わないから。そして、悲惨な戦争を体験してきたハルモニが「日本、朝鮮半島、中国の子どもたちが再び争うことがないように」と、心の底から願っているからにほかなりません。
証言集会以外の日は、宿舎でハルモニの指導の下、自慢の手作り水餃子づくりを一緒に楽しんだり、金閣寺などを観光したりしました。また、自然の好きなハルモニは、紅葉のきれいな京都の秋をたいへん喜んでくださり、「こんなところに暮らせたら100歳まで生きれる」ともおっしゃっていました。
帰る間際、ハルモニは「日本政府が謝罪をしたら、また来ます」と言い残して去っていかれました。証言集会ではないまた別の形でハルモニと京都で再会できるよう、これからも頑張っていきたいと思います。皆様、ご協力よろしくお願いいたします。
※京都の証言集会は当日資料、座席ともに途中で足りなくなってしまいました。ご迷惑をおかけしたこと、ここにお詫びしたいと思います。
※毎日新聞に記事が載りました。 http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20091212ddlk26040611000c.html

毎日新聞12月12日地方版
証言集会:旧日本軍「慰安婦」韓国女性と「ナヌムの家」村山さん招き--下京 /京都
 ◇「証言の重さ考えて」「私が死ぬまでに、私の恨を解いてほしい」

 旧日本軍の「慰安婦」とされた韓国女性、姜日出(カンイルチュル)さん(81)と、姜さんら被害女性が共同生活を送る「ナヌムの家」の日本人スタッフ、村山一兵さん(29)を招いた証言集会がこのほど下京区であった。市民グループ「旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・京都実行委員会」の主催で、若者を中心に約300人が参加。高齢化で亡くなっていく被害女性の証言の重さと、解決を急ぐ必要性が語られた。

 韓国留学を経て06年からナヌムの家に住み込む村山さんによると、韓国で「慰安婦」だったと届け出た被害女性234人のうち存命なのは90人。姜さんは16歳の時、自宅に来た警察官に「軍靴のひもを編む工場で働く」とだまされて連行され、中国・牡丹江の慰安所で性奴隷生活を強いられた。ナヌムの家には91歳を最高齢に9人が暮らし、最年少が姜さんだ。

 村山さんは「被害女性はどんどん老い、ナヌムの家でも去年3月に2人が亡くなった。被害の記憶が消えないよう紡いでいきたい。戦争を知らない世代のためにも」と話した。「彼女たちは言いたくない過去を何度も証言してきた。その大変さを考えてほしい。そもそも被害者側に証言を求めるのはおかしく、加害者側に語らせるべきだ」と指摘し、「(現代社会でも続く)性暴力について、男の側が声を上げることが大事だ」と語った。

 姜さんは「慰安所での経験は言えないことも多く、つらい気持ちになる。(慰安婦になったのは)金のためと言われ続け、心が苦しく恨めしい」と吐露。腸チフスにかかり、周囲に感染すると考えた軍人に穴に埋められ、焼き殺されかけたと振り返った。朝鮮人たちに助け出されたが、その後も中国での生活を余儀なくされ、両親は再会できないまま亡くなった。

 「隠せるものではないのに日本政府はなぜ隠そうとするのか。私たちが死ぬのを待っているのだ」「金の問題ではない、謝罪の心を見せてほしい」。姜さんはそう訴え、こう結んだ。「私が死ぬまでに、私の恨(ハン)を解いてほしい」【太田裕之】

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