旧日本軍性奴隷問題の解決を求める           全国同時企画・京都のブログ

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藤永壮さん学習会の感想

30日に行われた藤永さんの学習会には20名程の方が参加し、とても充実した時間を過ごしました。名古屋実行委のメンバーもわざわざこの学習会に参加するために来てくれました!
以下は、学習会に参加したMさんの感想文です。
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土曜日のプレ企画学習会は、ほんとうに眼からウロコの充実した内容でした。
藤永さんの講演は中味ぎっしりでしたが、その中で、植民地化とともに公娼制度の実質を担っていた「業者」が軍とともに勢力を伸ばし、彼らのそれまでの「拠点」が女性たちをかり出すルートになっていったこと がリアルに解きあかされていきました。

いやあ、国家が買春を制度化して管理するというシステムのえげつなさよ。「業者」って今でいえば暴力団ですね。今の暴力団も、麻薬より覚醒剤より人身売買が主な資金源だといいます。軍とともに勢力を伸ばした「業者」が国家権力の先端を担ったわけです。どこをどう切り取っても日本軍性奴隷制度の存在をなかったことにしなければ、「美しい国」の虚構は成り立たない。
被害女性に対する攻撃は、恐怖心に満ちてデマでいっぱいですが、それに対してきちんと反論していくのは時間がかかりますね。(それに奴らは、そんなことを聞こうとはしない)たとえば、こんなふうに・・・
藤永さんの講演の中で、長年気にかかっていたしこりが溶けた一瞬がありました。
東九条でオモニ学校をしていた時、オモニ自身がご自分の日本への渡航史を語る時間を持っていました。何人ものハルモニから「挺身隊にとられるから、年頃の娘は結婚させて日本に行かせなければ危険だ」という噂が村中に流れ、その時期(1939年~41年頃)に結婚というかたちで無理矢理日本に渡ったということを聞いていました。
「慰安婦」にされた女性たちだけでなく、同世代の女性たち全体が日本軍性奴隷制度の「被害女性」だったのだと、そのたびに思いました。オモニ学校で編集した本 、「11月のほうせんか」で自分史を詩で綴った皇甫さんも、この「うわさ」を語っています。
数年前、皇甫さんと一緒に花園大学の公開講座で彼女の語りをした時、あからさまに妨害の質問を繰り返す右翼男がいて「1939年に挺身隊という用語はなかったはずだからウソを言っている」等々言いがかりをつけ、もめたことがあったのですが、 まさに1939年、慶尚南道でのこの噂の事実と根拠を藤永さんがズバリ話されました。もちろんオモニには伝えます。語ることにより、ウソつきだと攻撃された皇甫オモニは、この時のことを悔しく覚えています。
私はそのとき、「あなたのお粗末な聞きかじりの“知識”と、ここであなたの前に立っている実在の皇甫さんの存在と、どちらが真実なのか会場の人たちに聞いてみましょう」と言って奴を退散させたのですが、あの右翼男ともう一度やりあいたいよ!

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