旧日本軍性奴隷問題の解決を求める           全国同時企画・京都のブログ

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報告~その2 呉秀妹アマーのこと

 呉秀妹(中国語読みでウー・シュウメイ)アマーは、台湾で名乗りをあげている被害者の中でも最高齢の91歳※。写真集「阿媽的瞼~faces of Ah-Ma」の中で、自身の若いときの写真を手に写っている姿が印象的で、とても存在感があったので、会う前は勝手に大柄な人を想像していた。
※台湾では数え年を使用。例えば、12月31日に出生した場合、出生時に1歳で、翌日1月1日の時点で2歳となる。数え年マイナス1~2歳が日本の年齢。
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※交流会で中国語、台湾語両方で名前の発音を披露
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※鞍馬温泉にて。釜飯の蓋を積み上げてはしゃぐアマー。

 実際の秀妹アマーは、とても小柄でかわいらしい方だった。客家出身で客家語と台湾語を話されるが、日本語はほとんど話されない。一緒に来日した2人のアマーは日本語が堪能なので、秀妹アマーは「日本語ができなくて恥ずかしいわ」と日本語で言いながらケラケラ笑い、わたしたちとうまく言葉が通じないのが「おもしろい」と言ってケラケラ笑っていた。
 アマーが被害にあったのは23歳のとき。強制的に広東省河南市に連れて行かれたそうだ。高雄で船に乗せられる前、軍医に裸にされて頭から足の爪まで全身検査されたのが「とても屈辱的だった」と語った。「慰安所」では朝8時~夕方5時まで、ずっと兵隊の相手をさせられた。ある日、ひどく酔っぱらった兵隊が来た。相手をするのが嫌で逃げたが、追いかけられ「国のためにサービスしろ!」と脅され、レイプされた。台湾に帰ってから最初に結婚した夫には「子どもが産めないから」と捨てられ、2度目の結婚では養子をとったが、その子も家を出てしまい今はひとりぼっちで暮らしている。
 秀妹アマーは来日の直前、転んで腰を痛めていた。歩くのがしんどそうなので、念のためにと用意していた車椅子を勧めたが、自分の足で歩くのがいいのだと言う。階段を上った先にある鞍馬温泉の露天風呂にも「行きたい!」と根性で登っていくほど、とても好奇心旺盛なおばあさんだ。
 京都実行委のAさんがずっと付き添い、お風呂で背中を洗ってあげて、ユニクロで似合う服や帽子を一緒に選んであげていたのだが、「こんなに優しくされたのは初めて」「自分には子どもがいないから…」と、涙を流して喜んでいた。そして、台湾では生まれた子どもに金の指輪を贈る習慣があることから、「Aさんにぜひ金の指輪をプレゼントしたい」と言い出して聞かない。
 結局、金閣寺の土産物売り場で金のネックレスをAさんに贈るのだが、そのときも「金がこんなに安いわけがない」「こんな軽いくて細いのは偽物だ」となかなか納得しない。買ったあとも「小さいでしょう」と、始終納得がいかない表情だった。
 最終日のお別れパーティーでも、訪れた一人一人に「わたしはお金がなくて、何もお礼ができないから…乾杯しましょう」とお酒を飲み続け、「謝謝って台湾語で何て言うんだったかしら?」と、すさまじい酔いっぷりを披露し、笑いをさそっていた。連日のハードスケジュールにも関わらず、最後まで起きて玄関に立ち、帰っていく訪問者たちにお礼を言い続けていた。
 アマーにとって、今回の滞在は「夢のような日々」であったそうだ。とても人懐っこく、かわいらしく、おもしろい方なのに、台湾では話し相手もなく一人寂しく暮らしていることを想像すると、やりきれない気持ちになる。日本軍によって性奴隷にされるという経験がなければ、今頃は子どもたちや孫たちに囲まれ、にぎやかに暮らしていたのかもしれない。
 呉秀妹アマーとわたしたちによるひとときの疑似家族体験は、アマーが果たせなかった/奪われてしまった「夢」の上演であり、わたしたちにとってもまた「夢のような日々」となったが、それはやはり「夢」であって、なぜ「現実」ではないのか?というところから、わたしたちは再び歩み出さなければならないのだと思う。
 奪われた時間はもとに戻せないーこんな残酷な真実から、せめて誠意ある謝罪と賠償、加害者の処罰を…願う。
 最後に、アマーからのメッセージ:
「悪いのは日本政府であって、あなたたち日本人じゃないのだから、罪の意識を感じないで。話を聞いてくれてありがとう。」

コメント


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まいきゅうありがとう

心ののこもった報告を、ありがとうございます。
こうやって、みんながどうだったかを書いていくこと自体が、歴史だなーと思う。

小柄で、とてもかわいいウシュウメイアマア、そばに住んでいたら毎日でもお風呂にはいって、ご飯を作って食べさせてあげたいと思った。
でもそれはかなわないこと。

若いころはどんなに美しかったかと思う。
アマアの若い頃のことを思うと、とてもせつないね。

とにかく、できることをやろう!
何かを始めていくことが大切だから。
「夢」で終わらないように。


キリコ | URL | 2006年12月05日(Tue)15:10 [EDIT]


早く安心していただきたい

アマーのお話、きかせていただいてありがとうございました
(^^)被害者にお会いすると、一日も早く解決しないといけないな~がんばろうと思います。自分にできることは何かと思って、今、NHK裁判の署名を集めていますが、ブログもつくってみました。よかったら見に来てください。
この日の感想も少し書きました♪

ちぃ | URL | 2006年11月26日(Sun)23:52 [EDIT]


写真集で 若い頃の美しい写真を手に
しているアマーですね
私も、誇らしげなようすに大柄な人の
イメージがありましたが
お会いしたら、かわいらしい方で
ちょっと亡くなった祖母に
似ていて 愛おしく思いました




あんず | URL | 2006年11月25日(Sat)00:22 [EDIT]


 

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