旧日本軍性奴隷問題の解決を求める           全国同時企画・京都のブログ

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ロラ京都滞在記

遅くなりましたが、11月に開催された「全国同時企画2007in京都~占領下のフィリピンで起きたこと」の報告をします。ロラたちが滞在している間の様子を日記風に書いています。長いですが、どうぞご笑覧下さい。

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写真左から
ピラール・フリアスさん
今回、二度目の京都滞在です。16歳のとき、村にゲリラ捜索にやって来た日本兵から拷問を受け、レイプされました。その後、再び日本軍部隊に捕まり、数ヶ月間に渡って腰に縄をつながれた状態で連行され、昼は炊事・洗濯を命じられ、夜になるとレイプされました。歌やダンスが好きなピラールさんは、そのときの思いを「慰安婦の人生」という題の歌として残しています。
ナルシサ・クラヴェリアさん
ナルシサさんは、14歳のとき村にやって来た日本兵に両親、幼い兄弟を惨殺され、二人の姉と共に駐屯地に連行され、監禁、レイプされるという過酷な経験をされています。フィリピンでお会いしたときの素敵な笑顔がとても印象的で、今回の招聘をお願いしました。
リチェルダ・エクストラマドゥーラさん
旧日本軍「性奴隷」被害女性と支援者による団体・リラピリピナのコーディネーター。リッチーの愛称で親しまれている。
澤田公伸さん
長年、ロラ(おばあさん)たちの通訳を努めている。タガログ語から日本語へ直接通訳できる貴重な存在。物腰が柔らかく、優しい性格で、ロラたちからの信頼も厚い。フィリピン在住日本人向け「まにら新聞」の記者。
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11月9日(金)
 ピラールさん、ナルシサさん、リッチーさん、澤田さん一行が無事関空に到着しました。ピラールさんは空港から出てきた途端「I am come buck!」と元気に駆け寄って来て、再会を喜んでいたようでした。
 さて、前回の経験から京都到着は夜11時頃になると思っていた京都受け入れ組。ロラたちが宿舎に来る前には出迎え準備をしていなければならなかったのですが、空港に迎えに行った浅井さんから「9時過ぎには宿舎に着いちゃうよ!」と電話があったときにはまだ誰一人、宿舎には辿り着いていませんでした。
 「どうせ夜中になるよね」と油断していた京都のみんなは大慌て。車を飛ばし、自転車を飛ばし、数人はなんとかロラたちが到着する前に修学院荘に辿り着き、お迎えをすることができました。かげはぎりぎり間に合わず、坂道を自転車でよいこら登っているところをロラたちの車に追い越されていました。車の中からかげを見つけたリッチーは大喜び。「オー!かげ!グットコック」そして、「シュウは?アキは?上杉は?」と京都のメンバーの名前を次々に出して再会を楽しみにしているようでした。
 宿舎に着いて再会を喜んだ後は、みんなで軽く夜食を食べました。フィリピンではとにかく白いご飯が重要だそうで、ご飯を大量に炊き、温かい汁物や炒め物などのおかずを準備します。ピラールさんはフィリピンで歯を抜いたばかりで固いものを食べると痛むらしく、時々しかめ面をしていました。その様子を見て、「具材は食べやすいよう細かく切る」「ご飯は柔らかめに炊く」など注意事項を料理担当のメンバーで共有していきます。
 そんなこんなで、1日目の夜は静かに更けていきました。

11月10日(土)
 さすがに疲れもあるのか、「今日は一日ゆっくりしたい」と、ロラたちは食べては寝て食べては寝て、という感じで、のんびりと時間が過ぎていきます。昼前に少し曼殊院方面に散歩に出かけたようですが、お出かけはそれぐらい。曼殊院あたりはそろそろ紅葉が始まりそうで、きれいです。ピラールさんは「押し花にする」と紅葉をちぎって持って帰ってきていました。
 夕方からは歓迎夕食会をささやかにおこないました。京都以外の各地からも続々と人が集まってきます。東京からは、長年フィリピンのロラたちを支援してきた柴崎さん。とても面白い方で、京都でも「柴ちゃん柴ちゃん」と呼ばれ愛されています。そして、全国同時企画のメンバーからは、名古屋のあやや、高知のスーザンが駆けつけて来てくれました。
 ご飯の後は、お決まりの?ダンスタイム。ナルシサさんがフィリピンの童謡を教えてくれました。いろいろな野菜の名前が出てくる歌で、ナルシサさんは可愛らしい振り付けで歌います。私たちも一生懸命歌詞をメモし、明日の交流会で一緒に歌おうと何遍も練習しました。ピラールさんはそんな喧噪の中でも、こっくりこっくり居眠りを始めます。私たちが心配して「部屋で寝ますか?」と聞いても、ロラは首を横に振って「寝てるけど、ちゃんと聞いてるの。フィリピンでも、ミーティング中に居眠りしながら話を聞けるのは私だけよ」と言って笑いをとります。そういえば、二年前の滞在のときも、みんながわいわい喋っている中で、同じようにこうやって居眠りしていたなぁ、と懐かしく思い出しました。でも、やはり二年前と比べて年老いたな、という感じは否めませんでした。ナルシサさんはピラールさんより二歳ほど年下で、最後まで歌って踊って本当にお元気そうです。

11月11日(日)
 巷では風邪が大流行。証言集会は本当に人が来てくれるのかと不安でしたが、始まってみると130名程の方が会場に来てくださいました。若い人、それに知らない顔が多く、私たちが呼びかけた人が、さらに知り合いを呼びかけてくれたのかな?と嬉しくなりました。証言の後の拍手もすごくあたたかい感じで、会場カンパもいっぱい集まって、参加した一人一人がどう思ったのかを全員に聞くことはできませんが、ロラたちに贈られたあの鳴りやまないあたたかい拍手を聞いて、きっとそれぞれの人が何かかけがえのないものを持ち帰ったんじゃないか、そんな時間をつくれたんじゃないかと感じました。
 交流会にも60名近い人が参加。交流会から来ていた人もいるのですが、会場に来ていた半数近い人が交流会にも参加してくれたようです。いつものように、一人一人がロラにお花を一輪渡していくパフォーマンスから始まり、今回は色っぽい声でボサノバを歌う愛子さんのバンド、兄妹バンドのISSINによるミニライブもあり、ロラたちにも喜んでいただけたようです。
 愛子さんが歌い終わると、歌いたい気分が盛り上がったナルシサさんが「ブンタラッタラー♪ブンタラッタラー♪」と振り付きで歌います。澤田さんの解説によると、この曲はフィリピンで今大人気のTV番組の歌で、この「ブンタラッタラー♪」という歌にあわせて激しく踊ると、一番激しく踊れた人にクイズの挑戦権が与えられ、賞金を争うのだそう。「ほんとうにつまらない番組なんですがね…」と澤田さん。でもロラはきっと大好きなんですね(笑)

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 ISSINの歌の後にはピラールさんも登場し「フォーリン・リーブス」など2曲をしっとりと大熱唱。そして再びナルシサさんが土曜日私たちに教えてくれた童謡を歌い、リッチーさんも歌い、ダンスタイムも大いに盛り上がりました。

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 交流会が終わり、修学院荘に戻った後は、みんなで鍋を囲んでもりもりと晩ご飯第二ラウンド。食事の後は、それぞれ喋ったり歌ったり踊ったりと賑やかな雰囲気。高知のスーザンがよさこいを踊ると、リッチーがフィリピンの伝統的な踊りをいくつか教えてくれました。
 修学院荘には精華大の春山さんも来ていました。春山さんは、精華大の授業でロラたちの証言の時間を作ってくださった方です。しばらくして、ナルシサさんと春山さんって顔が似てる!!という話になりました。ナルシサさんも「うん!似てる!」とはしゃいで春山さんの隣に座り、始めは楽しそうにツーショットを撮っていたのですが、少しすると、ロラが「姉に似ている」とつぶやきました。証言のとき、一緒に連行されて、それっきり二度と会えなかったお姉さんの話を繰り返し繰り返しおっしゃっていましたが、そのお姉さんのことを思い出したのでしょう、ナルシサさんは静かに涙ぐんでいました。

11月12日(月)
 前日の証言集会と交流会ではダンスや歌で盛り上がり、宿舎に帰ってからも盛り上がったため、ゆっくり休憩したほうがいいかなと思っていたら、ロラたちは朝普通りに起きて散歩したりしていました。お天気はまずまずです。
 そこで午前中に「植物園」に散歩に行くことにしました。ロラたちはお花や植物が大好きだからです。高知から来てくれているスーザン、名古屋のあややも一緒に、一同は車で植物園へ。植物園は「60歳以上は無料」ということですが、年齢を明らかにするものを見せないと入れてくれません。ロラたちはどう見ても60歳以上なのに、パスポートをわざわざ提示しなければいけないのです。ピラールさんはすぐに奇麗な花の前に行ってポーズをとります。モデルさんのようにポーズを決めて、何枚も写真をとりました。ロラたちは私たちがプレゼントしたピンクとパープルの色違いのフリースの帽子とジャケットを着て、とってもかわいらしかったです。ユニクロのモデルにして欲しい!

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 気温が低めだったので、温室に行きました。さすがロラやリッチーさんは熱帯の植物に詳しい。「ここのバナナはあまり発達していないね」などチェックしていました。ナルシサさんはハイビスカスの花の前でハワイアンを歌ったり楽しんでいました。途中で見学に来ていた小学生たちが通りかかったとき、フィリピンから来たおばあさんたちだと伝えると、先生がフィリピン人の男の子を教えてくれました。その子は日本語しかわからないようでしたが、リッチーやロラたちは嬉しそうに男の子の頭をなでていました。巨大な丸いサボテンの前で、柴ちゃんが並んで一緒に写真をとりました。今年はパンプキンではなく、サボテンシスターズです。
 一行が温室にいる間に天気が変わり雨が降ってきたため、温室で止むのを待ち途中で昼食を食べて帰りました。午後はほんとうの休憩タイムで、宿舎でロラたちも私たちもぐっすり眠りました。
 夜は前夜の興奮もさめやらず、夕食に集まってきた人々と、再び踊りの輪が広がります。交流会でナルシサロラが歌った「ブンタラッタラ」の踊りを教えてもらいます。ナルシサさんのふりつけ指導のもと、わかりやすいメロディーのためだんだん皆うまくなっていきます。蒔田さんが持ってきたソウル・フラワーのCDをかけると、これが大受け。リッチーやロラも知っている曲「インターナショナル」熱唱し、「解放歌」や「アリラン」などで歌え踊れの輪がどんどん広がり、夜もふけてくのでした。

11月13日(火)
 この日は遅めの朝ご飯を食べて、一日観光に出かけました。
 まずは宿舎から少し南にある「詩仙堂」へ。入口の竹林がきれいです。わりとマイナーな場所かと思いきや、観光客もたくさん。庭が意外と広く、きれいでした。ついでに詩仙堂横の八大神社も見物。宮本武蔵の決闘の地?なのかなんなのか…こちらはマイナー過ぎて誰もいず。宮本武蔵像の前で「サムライ~」とか言ってポーズをとって記念撮影をしました。
 お昼ご飯は、交流会の食事を用意してくれたキッチン・ハリーナへ。その後、車を飛ばして琵琶湖へと向かいました。「ミシガン号」で船旅を楽しもうという計画です。時間もぎりぎりだったのですが最初向かった乗り場からは平日運航していないと聞き、また車を飛ばして大津港へ移動。なんとか出航時間に間に合うことができました。
 華やかな客船を見た途端、ロラたちの表情が「わぁ~」っと輝きます。港には、二週間前にシベリアから渡って来たというユリカモメの群。目がくりっと丸くて大きく、なんとも愛らしい表情です。カモメをおびき寄せようとナルシサさんが、詩仙堂前の売店で買ったお菓子を砕いてカモメたちに与え始めました。すると、カモメが怖いぐらいに群れをなして集まってきます。みんなでキャーキャー言いながら、お菓子を砕いて投げ、カモメと戯れていました。
 ふと気がつくと、ピラールさんが少し離れたところで一人、カモメをジャンピングキャッチしようと奮闘しています。「フィリピンに持って帰る!」のだとか笑お菓子を投げるふりをしておびき寄せ、何度も果敢にジャンプしてカモメたちに襲いかかります。その真剣な様子を見ながら、みんなで大爆笑。そのうち、カモメに手をつつかれたピラールさんは「痛い…」と言って諦めて戻ってきました。しかし何だか納得のいかないような表情…

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 餌が尽き、カモメたちが去るとお次は甲板の上でダンスタイム。平日でお客さんも少なく、私たちの貸し切りダンスフロアに様変わり。リッチーの歌に合わせて、みんなで踊りました。
 修学院荘に帰って来た後も、ロラたちは興奮していたのか、休憩もせず部屋で何やら話していたようでした。そのため、夕食後はわりとすぐにおやすみとなりました。

11月14日(水)

 今朝は早くから起きて、喋ったり散歩をしたり洗濯をしたりしていたようです。今日の朝食は人数も少なく6人。「昨日いた人たちはどこにいってしまったんだ?」とピラールさんは不思議そうな表情です。
 4時過ぎからの精華大学での証言の前に、大学近くの円通寺に行きました。円通寺の庭は借景で、比叡山の山並みが見渡せます。ピラールさんは2年前に比叡山に行ったことを覚えていて、記憶の良さにびっくりしました。
 まだ時間があったので近くの喫茶店でお茶を飲み、大学へ。だんだん時間が迫ってくると、ロラたちが緊張してきます。この日は総合講座という授業の一環ですが、参加自由ということもあり、他の大学の学生や一般の人などたくさん参加していました。
 はじめに京都実行委の鎌田さんから、11日の集会で行ったフィリピン戦についての解説が写真つきで説明されます。続いてロラの証言です。どちらが先に話をするのかロラたちに訪ねると、今日はナルシサさんがはじめに話すとのこと。ナルシサさんはリラ・ピリピナの副代表だから、と
いうことでした。ナルシサさんが証言しはじめると、すぐにピラールさんも目に涙をうかべています。証言が二回目だと様々な記憶が蘇ってきて辛いのでしょう。二人ともとてもしっかりと話をされました。ロラたちは若い人たちの前ではより強く「戦争をしてはいけない」ということを訴えたいようです。リッチーさんの話は学生の人たちに、もし自分がロラの立場だったらどう思いますか?とわかりやすく問いかけていました。
 終了後、近くのお店での交流会では、精華大学の学生が何人も参加してくれ、ロラたちとの話の輪が広がりました。

11月15日(木)
 この日は休憩日です。お昼ごはんを、フィリピン料理を食べに「バザールカフェ」に行きました。すでに予約がされていて、一行が到着すると2年前にもお世話になったシェフの在日フィリピン人のIさんや同志社大学の榎本先生が歓迎してくれます。野菜のシニガンスープとなすのオムレツというフィリピン料理を食べていると、「フィリピンでのシニガンはもっとすっぱいよ」などと料理の話題が。蒔田さんも食事に駆けつけてきました。更にマーサ先生やゼミの学生たちも来てくれ、ピラールさんやリッチーさんは再会を喜んでいました。
 宿舎での夕食は毎日たくさん人たちがご飯を一緒に食べに来てくれます。この日もたくさんの人たちとの食事の後に、歌合戦でもりあがりました。途中でナルシサさんがウトウトしているピラールさんに「私たちフィリピンチームは3人しかいないのだから、がんばらないと」と檄をとばされ、ピラールさんも目をパッチリとさせてがぜんやる気に。
 ピラールさんはこの日、自作の歌を三曲歌ってくださいました。一曲目は「アジア女性基金」を受け取ったときに作った曲で、「病気のため基金を受け取るけれど、闘いはやめない」という内容でした。二曲目は「慰安婦の人生」という、自分たちの経験を歌ったもので、切ないメロディーの曲です。三曲目は「すべての女性に対する暴力がなくなるまで闘う」という思いを歌った曲。リッチーさんの説明では、ピラールさんは何か節目になるとき曲を作ってきたそうで、時間を経るにつれより普遍的な内容のものを作るようになってきたのだそうです。
 さて、ピラールさんが歌い終わると、ナルシサさんが「ジャパニーズはそれで終わりか?このままだと私たちの勝ちだな」と愉快そうに笑います。えっ?これって勝負だったの?いつの間にそんな趣旨の会になったんだ?と思いながらも京都の誰かが歌うと、ロラたち3人がすっくと立って踊りつきの歌が出ます。

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 もう夜も更けてきたので、この決着は17日の土曜日につけようということになり解散しました。その後ロラたちは部屋に帰ってからも、ずっと踊って歌って17日の作戦を練っていたようです。

11月16日(金)

 この日は京都では最後の証言集会。お昼を宿舎で食べてから立命館近くの金閣寺に行きました。観光シーズン真っ只中でさすがに観光客で溢れています。私はナルシサさんと手をつなぎ、チョイさんにピラールさんのエスコートを頼みました。実はピラールさんは年寄り扱いされるのがすごくいやだったらしく、この顛末は17日の報告をお読みください。
 紅葉で美しい境内を散歩し、お抹茶を飲みました。抹茶は飲みにくいかなと思ったのです、ロラたちはおいしそうに飲んでいました。たくさんの記念写真を撮りました。
 立命館での証言集会は池内靖子先生のジェンダー研究会が主催です。会場に着くと入口の立派な集会案内の看板にびっくり。会場内もしっかり名前が印刷されていてびっくりしました。また発言者一人ひとりにたくさんの謝礼を用意していただき、感激しました。
 集会は池内先生の司会で始められました。証言はピラールさんからです。今回3回目となる証言で、話はじめるとロラはすぐに涙があふれていました。やはり何度も話すとより鮮明に思い出されるのでしょう。ナルシサさんもリッチーさんも涙が溢れていました。私は隣に座っていて、とても辛い気持ちになりました。ナルシサさんの証言も涙に溢れていましたが、とてもしっかりと話をされました。ロラたちは一生懸命私たちにメッセージを残しているんだ、と強く感じました。

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 リッチーさんのお話に続いて、私も京都実行委の歩み、ロラたちとの思いを話しました。東京からずっと京都での滞在に同行している柴崎さんも発言し、東京での国会への取組みを紹介しました。集会には立命館の学生だけではなく、他大学の学生や一般の人たちもたくさん参加していました。参加している人たちはとても一生懸命話に耳を傾けているのが伝わる、とてもいい雰囲気でした。
ロラたちも安心して心の内を話してくれたと思います。
 質疑の時間に、ある人がロラたちに「日本軍により受けた傷は、戦後六〇年以上たち癒されたことはあるのでしょうか?」と聞いたことに対して、ロラは二人とも「全く癒されたことはない。傷は深まっているように思う。傷が疼いて仕方がない。日本の政治家が私たちの存在を否定する発言をする度に何度も辛い気持ちになる」と話されました。こうしたロラの思いを決して忘れてはいけないと思いました。
 終わってからの交流会は近くの居酒屋だったのですが、予約していたにもかかわらずなかなか料理が出てきません。相当待たされてポツポツ料理が出てくる、という状況で、お腹がすいている私たちはだんだんイライラしてきます。後からピラールさんが、「フィリピンでこんな店があったら、私はすぐ出て行く。」とブツブツ言っていました。宿舎に帰ってから、ロラたちはおにぎりを作って食べたということです。

11月17日(土)
 さて、ロラたちの京都滞在はこの日まで。「どこへ観光に行こう?」とあれこれ考えましたが、結局一日ゆっくりどこにも行かずに過ごすのがいい、という結論に。ロラたちも荷造りに忙しそうです。
 朝食はいつも少人数。食後のデザートを食べながら、いつもいろんな話しになります。ピラールさんの心配事は「女の孫がおてんばで女の子らしくなく、男の孫が全然男の子らしくない」ことだそう(笑)。ナルシサさんは毎朝ジョギングをしているそうです。ロラがジョギングしている間に、夫が朝ご飯を作っていてくれるとのこと。「夫はとてもサポートしてくれるわ」というナルシサさんの言葉に、一同羨ましさのあまり?「キャ~」と悲鳴をあげます。連れ合いさんはご自身も兄弟を日本軍に殺されていて、ナルシサさんの過去をすべて受け入れて一緒になったのだそうです。
 浅井さんが、前日の金閣寺での話題をナルシサさんにふります。金閣寺で観光中、ピラールさんをチョイさんがエスコートしている様子を見て、何故かナルシサさんが大笑い。あまりにも笑っていたので「何がそんなにおかしかったの?」と尋ねたのでした。
 すると「金閣寺、チョイさん」という単語を聞いただけで、ナルシサさんはお腹を抱えて笑い出します。どうやらピラールさんは年寄り扱いされるのが大嫌い。少し段差があるところで手を差し延べサポートしようとすると、いつも「大丈夫だ」と言って、スタスタ歩いて行ってしまいます。
しかし、この日はチョイさんががっちり腕を掴んでエスコート。ピラールさんは実はそれが不満だったそうなのですが、チョイさんは気付きません。隙をみてピラールさんが腕を振りほどき走って脱走を試みます。すると慌ててチョイさんもピラールさんを追いかけ、再びがっちり腕を掴みます。その様子を見て、ナルシサさんは大爆笑。「チョイさんは2年前に来たときも車椅子を用意してたのよ。私はまだ走れるのに!」とピラールさん。その後もしばらく同じ話題で盛り上がりました。
 昼過ぎ、夜の対抗歌合戦に備えて上杉さんがギターやら教本、リコーダーを運んできました。リッチーさんが「それは反則だ~」とからかいます。でも普通に勝負しては到底かなわないので許してもらうことにして、日本チームは作戦タイム&練習をわいわいと開始しました。
 夕方近くなると、お別れパーティーに参加するために人がわんさか集まってきました。朝の市場で仕入れてきた巨大ブリを丸ごと一匹さばいてくれる人もいて、食卓には豪華な食事があふれます。夕食をがつがつ食べて一段落つくと、プレゼントタイム。前回ピラールさんが来てくれたときは、このプレゼントタイムでしんみりお別れモードになったのですが、今回はまだ対抗歌合戦のファイナルラウンドが控えていて、両者の瞳には別れの涙ではなく、炎がメラメラ燃えています。
 まず始めにフィリピン3人組が歌い始めます。歌い終わるとナルシサさんが「ジャパニーズ!次はそちらの番だ」と挑戦状。それを受けて日本チーム、フィリピンチームが交互に歌や踊りを披露。ロラたちは私たちが歌っているのを聞きもせず、次の曲の打ち合わせをしています。
 そんなロラたちを注目させることができるのは、やはり澤田さんしかいません。木曜日の夜「次までに日本側につくのかフィリピン側につくのか態度をはっきり決めろ!」と迫られていた澤田さんは、ハッピを着て私たちと肩を組み、ラインダンスを踊りながら「六甲おろし(タイガース応援歌)」を大熱唱。ふだん生真面目で大人しい澤田さんのダンス姿を見て、ロラたちもさすがに目を真ん丸にして大笑い。
 しかしやはりロラたちは素晴らしいエンターテナーです。歌詞にあわせたかわいらしい振付は、ズキューンと胸を射ぬきます。「やばい、やばい、かわいすぎる!」とまいきゅう&いなり。さらにまいきゅうがつたない手つきでギターを弾くと「もっと激しく弾かなきゃダメじゃないか」とピラールさんが立上がり、ギターを抱えてスタンバイします。「すごいロラ、ギターも弾けるんだ…」そこにいた誰もが感心した瞬間、ピラールさんは目茶苦茶にギターをかき鳴らし「見よ東海の空明けて(軍歌)」をロック調に熱唱。大爆笑をさそったのでした。

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 もうどんな小細工も、ロラたちのパフォーマンス能力にはかないません。私たちは負けを悟り、フィリピン組に降伏を告げました。すると嬉しそうなロラたちの顔。最後に「インターナショナル」をみんなで合唱し、歌合戦はお開きとなりました。

11月18日(日)

 朝早く起き、神戸へ。車は混んだら大変だからとJRで移動することにしました。ロラたちは車窓からの風景を楽しんでいます。たくさんの人数と荷物を全部持っての移動なので早めに行動したら、予定よりも1時間早く到着しました。
 神戸文化ホールのレストランで食事の予定だったので行き待っていると、兵庫集会の実行委員長の貫名初子さんがあいさつに来られます。90歳の貫名さんはロラたちよりも高齢!です。紫のス
ーツ姿に帽子を被り、とても若々しく見えます。ロラやリッチーさんは「90歳!」とびっくりしていました。貫名さんは私たちが早く着いたので予定が変わりドギマギされていました。貫名さんは神戸で空襲を体験され、自らも戦地に行った夫を追って船に乗ろうとしたところを止められ、その船は日本から「慰安婦」を乗せていった船だったということで、自分もロラたちと同じ運命をたどったかもしれないという方です。ロラたちに万一何かあったらいけない、と細心の注意が払われて準備がされていました。
 集会場の「アステップ神戸」には200人以上の人たちが詰めかけ、椅子が足りなくなるくらいでした。まいきゅうが京都実行委のあゆみを写真と一緒に説明し、貫名さんが実行委からの挨拶を行いました。貫名さんは巻物に書かれた文章を読まれ、感動しました。ロラたちは渾身の訴えをしました。参加者は京都に比べて年齢層が高いようでした。途中の休憩で、ロラたちは参加者に年配の人たちが多いので、フィリピンに戦争に行った人もいるかもしれない、と顔を曇らせて語っていました。日本人の高齢の男性を見ると、もっとリアルに戦争の時のことを思い出すようです。
 集会は最後にギターの伴奏で皆で歌を歌い、ロラと貫名さんが一緒にダンスを踊り、なごやかな雰囲気に包まれました。貫名さんはロラたちに「いいわね~あなたたちは若くて」(!)を連発。

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 交流会はロラたちが宿泊するホテルのレストランで行われました。私たちは、この夜でロラたちとはお別れです。ちょっとしんみりしそうになりましたが、ロラたちの素敵な笑顔に、私たちも笑顔でお別れすることができました。「また、会いましょう!」が合言葉ですね。


 19日からぐぐぅーんと冷え込んだので心配したのですが、朝から神戸ポートタワーや中華街を満喫し、20日には朝イチで空港に乗り込んで元気に帰って行ったそうです。滞在中たくさんの笑顔を見た分だけ、ロラたちが本当に辛そうに泣きながら証言をする姿は重く胸に迫ってきました。「今度はフィリピンに来てね」とナルシサさん。涙ぐむ私たちに「とてもハッピーな毎日だった。また京都に招待してね、そうしたらまた会えるから」ととびきりの笑顔で応えてくれたピラールさん。二年前「もう日本には行きたくない」と言っていたロラたちと、このように楽しく共に時間が過ごせたことをとても幸せに感じました。いつか、再会することを誓って、ロラたちの幸せと健康をただただ祈るばかりです。

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明日(6日)参加出来ません

先ほど、メールにて、明日の水曜行動の案内を頂戴いたしましたが、残念ながら参加出来ません。お許し下さい。
昨年の11月11日、京大会館で始めてこの活動をしりました。
滋賀県在住ですが、滋賀にこの様な立派な活動をされている団体を知らないので京都の活動に出来れば参加させて戴きたいと思っています。
蒔田さんのTM裁判はいつも傍聴させていただいています。このブログの写真で蒔田さんを見つけ身近に感じました。
明日の活動の成功を祈念します。

| URL | 2008年02月05日(Tue)23:03 [EDIT]


 

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クチコミコミュニケーション | 2007年12月16日(Sun) 09:23


 
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